Subscribed unsubscribe Subscribe Subscribe

きらきら

“永久未来続くものなどあるはずはないから これで行くさ僕は僕を壊してく”

ヒメアノ~ル

 

わたしは森田正一ではないけれど森田正一が抱えているものをじぶんのそれとして読んだし,森田剛という役者が演じるのは連続殺人鬼,というよりも森田正一が抱えているそれ,まとっているもの,滲み出るもの,孤独,悲哀,絶望,そういったものなのかなと,そうであってほしいと思いました。

 

 

わたしは映画であっても舞台であっても「原作」となるものがあるなら先に読んでおきたい。だから今回も例に漏れず読みました。大きな理由は,他のイメージが入る前に原作そのものをひとつの作品として触れたいから,そのときにじぶんが何を感じるのかを知りたいから。もうひとつは,原作ありきの映像化であり舞台化なはずで(二次的なものが作られてはじめて「原作」と言われる),だから原作からどのように新たな作品が作られたのかも含めて鑑賞する。たとえば小説が映画化された場合,わたしのなかでは原作と映画は別の作品なので,原作に忠実であるかどうかはあまり重要ではなくて(そもそも表現手法が違うし作る人も違う)どのように映画にしたか,映像化するとどうなるのか,なんてことをじぶんの感想としてはっきりさせたいと思っちゃう。

なのでヒメアノ~ルの映画化に関しても,森田さんの出演(主演)によって観ることはすでに決まっていて,それまでに原作を読んでおきたかったということです。そして純粋に古谷実という漫画家が描いた「ヒメアノ~ル」という作品を読んだじぶんが何を感じるのかを知りたかったし,読み終えたいま,言葉にしておきたかったということです。

 

というわけで,以下,内容にも触れながら。ちなみに古谷実作品はこれが初めて。行け!稲中卓球部ヒミズシガテラも読んでいない。なので古谷作品におけるヒメアノ~ルの位置付けとかもまったく関係ない(そういうことに触れているレビューを読むのは楽しかった)。単純に「ヒメアノ~ル」という作品についてです。

 

 

*     *    *

 

読み終えた後あちこちでレビューに目を通したのだけれど,わりとはっきり好き嫌いわかれているなあという印象だった。まあ,こういうことってどの作品にも言えることだしもとからの古谷ファンとしてかどうかも大きそうだけれど。

で,わたしが読み終えたときに思ったこと。思ったことというより胸の中にあったのはたぶん「すがすがしさ」だった。 改めて内容思い返すと何でそうなった!と思いたくもなるけれど,「完」という文字を見たときにじぶんの中にあったものは,嫌悪感とか後味の悪さとか絶望とかそういうのしかかってくるようなものではなくて,もっと軽やかなものだった。軽くなったというべきか。読んでいるあいだどんどんのしかかってきたものが取り除かれたような感覚だったのかもしれない。

なぜそう思ったのかなと考えたときに浮かぶのは,やっぱりあの見開き2ページなんですよね。あの2ページについては色んな人が言及しているけれど,それほどの描写なんだけれど,この作品はあの2ページから始まっていると言ってもいいとわたしは思います。そしてあの2ページに集約される。あそこで語られていることって,森田が殺す相手の前で喋っていることでもあるし1巻から語られていることでもある。そして,涙。中学のあの日を夢に思い出してあの日と同じようにいまも涙を流す森田。自分が"フツー"ではないと気付いたときに悔しくて泣いたこと,そして(夢のなかだけれど)"フツー"の人間に"戻り"たいという願望があることにわたしは安堵したのだと思う。

森田の嗜好はフツーではないかもしれないけれど,フツーではないことに気付いて悔しくなって泣くのはフツーでしょ??

だからわたしは安堵したのだろうなと。

 

読みながら誰の視点に立つのか(誰の視点にも立たないとか)色々あると思うけれど,わたしの場合は,森田正一だった。森田のような嗜好はないけれど,森田が感じていることはとてもよくわかる。共感は出来ないけれどその感覚はわかる。というかその理屈,わかる。「普通はそんなこと思わない」,その「普通」って,何??中学生かよ!って言われることかもしれないけれど(中学生に失礼か)結局その「普通」って多数決だからね。普通と異常の線引きとは。たとえば安藤さんも全然普通じゃないけれど,普通じゃない認定されているけれど,この社会にいることを許されている(たぶん)。でも森田は許されない。安藤さんも岡田も,成人男子としての経験が,みたいなことで他人との比較はしているけれど,そういうモノや経験じゃない,自分自身について,自分の感覚について他人との違いに悩んだりってないじゃないですか。安藤さんなんてそんなのこれっぽっちも思っていないじゃないですか。何なら自分の感性の正しさを信じて疑わないじゃないですか。でも森田はそこに気付いている。そして少なくとも負の感情を持っている。持って生まれた嗜好,感覚。人生の途中から芽生えた嗜好,感覚。その次に抑制できるかどうかという段階もあるわけだけれど,森田は抑制できていた時期もあるけれど,一度はずれてしまったものを戻すことはできなかった。それぞれに何らかの嗜好はあるけれど,それを誰からも咎められない,当たり前のこととして受け入れられている,何なら賞賛される,そんな人って「ズルい」よね??

 

最初から最後まで,森田も岡田も安藤さんもユカちゃんも同じ軸にいるんだよね。同じ日常を,互いが交差するくらいの範囲の日常を生きているという物語そのものが見せている軸でもあるし,何か欲望があって快楽の対象があってそれを満たしながら,満たそうとしながら生きているという意味ではみんな同じでしょ?わたしだって同じでしょ?その対象の違いだけでしょ?普通と異常の線引きは。 

あ,わたしのこれって。そう思ったときのすっと下に落ちていくような感覚。やっぱりいい気はしない。わたしの場合は決定的な何かというよりも,細かく複数回にわたって経験している感じだけれど。孤独になるし悲しくなるしこんな部分がじぶんにあったという驚きよりも悲しさ。そして思う。人には言っちゃだめなやつだ。でも案外同じような人はわりといるかな?と思ったりもするわけだけれど。

わたしは森田正一ではないけれど森田正一が抱えているものをじぶんのそれとして読めた。だから,恐怖よりも「そうだよね」って思っていた。いや,もちろん怖いのは怖かった。後から明らかになる森田の殺し方とか殺したあとの行き当たりばったりな感じとか背筋が・・・ってなったし,なったけれど,なったからこそ,森田の内面を知ることによって安堵したのかもしれない。

 

もうここまで書いたから触れてしまうけれど,夢を見ながら流していた涙に森田は気付いていない。で,それに気付くのは他人である警官。この終わり方がね,なんかもうすごく刺さる。そして切ない。ひとつには,意図せず流した森田の涙にこれまで彼が抱えてきた,抱えざるを得なかったものがあると思うから。あの日とおなじもの。あの日,泣いてしまったときの感情をいまも森田は持っている。そしてもうひとつは,涙というかたちで現れた森田の内面にやっと他者が触れたからなのかなと。これまでにも森田は他人に対してそういったものを(その後殺してしまうけれど)吐露してきたわけだけれど,ある意味それって独白みたいなもので,相手も理解できない。警官も別に森田と何かを語り合ったわけではない。でも森田が気付かず流していた涙に他者が気付いた。この交わりに安堵すらしたのかなって。

 

*     *    *

 

先にも書いた通り,わたしはヒミズシガテラも読んでいないからそれを踏まえてこの作品を位置付けることはできないけれど,ここで扱われているテーマそのものは珍しいものではないなという印象。普段,漫画よりも小説を読むから,小説も含めた話になるけれど。(多数の)他者とは異なる自分に絶望する,なんてほんとよくあるよね!そしてわたしはそういう話が好きです。で,殺人者なんて世の小説で一番登場する肩書きなのでは!?殺人が起こらないことには物語が始まらない・・・。あくまでそういう場合,主人公は別にいるけれど(刑事とか探偵とかどちらでもないけれど事件解決するよくわからない身分の人とか)。でも,殺人を犯した人の内面を描く話も少なくないし,一作品で何人も殺す人もいる。そして,恨みや復讐,自己防衛,誰かの為,自己犠牲みたいな特定の強い動機ゆえの殺人ではなくて,ある種の本能的なもので人を殺めることを抑制できない殺人者もいる。でもそうやって考えると,人を殺めることに何の疑問も覚えない人物はたびたび目にかかるけれど,森田のように何かしらの葛藤を抱きながら,つまり他人との違いに絶望するその対象が「殺人」であるという組み合わせはあまりないのかもしれない。

「生まれ持った他人との違いに絶望する」という内容はよくあることだし,その対象も様々でもちろん感性のようなものもあるから,そのひとつに「人を殺めること」があるのは決して不思議ではない。でもそれは一線を越えて大きく逸脱したものであるために突き抜けて異様なものになる。ただ,わたしはこの異様さよりも,「生まれ持ったもの,自分にある感性が他人にはないものだった」というのを軸に読んでいたから,そこまで衝撃は受けずに,むしろ「そうだよなあ」って感じたのかもしれない。だからそんな人もおなじ日常に存在している。特殊な人物が,自分たちは普通だと思っている人たちの生活に侵入してきたわけではなくて,はじめからみんなそこにいる。きっかけがなければ気付かないことの方が多いだろうし,そもそもすべての人と関わるわけではない。そういう日常のなかから,異常な(と思われる)ものが浮き上がってくる。この作品にはそんな印象を持ちました。 

 

*     *    *

 

映画は,原作と異なる終わり方をするということだから,それもまた楽しみ。森田の内面の描写に関しても違うみたいだし,わたしはどういう視点で観ることになるのだろう。漫画には漫画の,映像には映像ならではの表現があると思うけれど,森田さんが話しているように,あまり演者の言葉や裏側を知りすぎるのもよくないなあって最近思ったりもする。やっぱりもともと好きな人が出演するとなると,事前に自らインタビューとか見聞きしちゃうから。

そういう意味で,原作を先に読まないという人もいるのだろうし,そこを否定するつもりはないけれど,わたしは,この原作を原作としてというよりはひとつの作品として読んでよかったなと思います。簡単な話,わたしの好きな内容だったということだよ!!

 

 

あと,これは言いたい!!

映画予告の最後の森田の言動,あれは素の森田剛が出ちゃったわけじゃなくて,あそこに森田正一の怖さがあるんだからね!!無計画でそのときの衝動で行動して反応する,そこに殺人も含まれるから怖いんだよ!(と思っている)わたしはあの森田をみて「ああ,森田だ・・・」と薄ら寒くもなりながらも嬉しかった。

あと原作の安藤さんはムロさんでしかなかったし,ムロさんは安藤さんにしか見えませんでした。

 

www.himeanole-movie.com

 

公式サイトの音楽,不安にかき乱されるよね・・・