きらきら

“永久未来続くものなどあるはずはないから これで行くさ僕は僕を壊してく”

わたしは好きな人たちの何が好きなのだろうなって

 

そんなことをですね,ぼんやりとだけれど結構前から考えていたわけで。

スタート地点はV6。その関係性。20周年ということで彼ら自身が言及していたり他者(取材者やファンとか)が言葉にしていたり。わたしはいまの6人の関係性っていいなあと外側から見ているだけで思っているのだけれど,V6はアーティストとして音楽という作品を作り,パフォーマンスをしている。で,ふと思ってしまうわけ。わたしはV6であるメンバー間の関係性が好きなのか,V6が作る音楽・パフォーマンスが好きなのか,どちらが上位なのだろうって。前者ならどんな楽曲を出そうが同じだろうし,後者なら極端な話,仲が悪くても成立するはず。とかいいつつ,V6の場合,どちらを取るかの話ではなくどちらもわたしにとっては大切なことではあるのだけれど,これを考えたときに,V6以外にわたしが好きなもの(人たち)のことにも思いを巡らせることになって。

「作品」と「メンバーの関係性」。

この比率,というかどちらをどのくらい重視するかは対象によって違うんだよなと。至極当たり前の話ではあるのだけれど。V6に対して回答を述べるのであれば「その関係性を前提として作られるパフォーマンス」が好き,ということになるのだと思う。

 

ちなみにわたしがファンだと自覚して追いかけてきたものは(長い順に)バンド,お笑い,バンド,アイドルで。 「音楽」というジャンルでいえば同じものが3つあるけれど,やっぱり違うんだよなあと。でもわたしという人間が好きになったのだから共通点もあったりする。それが,これ。

 

 

 

ある程度の何かが確立されている


なんてふわっとした表現!!!でもこれなんだよね,好きになったときを振り返って共通していたこと。つまり,「ある程度のキャリア」がありその過程で「自分たち(彼らは)これだ」というアイデンティティが確立されているということ。これは世間的に認識されているかどうかはあまり関係なくて,彼らが持っているぶれない軸みたいなものをわたしが感じたかどうかなのかなって。むしろそれを確立するための「ある程度のキャリア」なのかもしれないけれど。だからそういう意味では,デビュー前や直後から応援し続けているものはないなあって。しかもここでいう「ある程度のキャリア」って10年越えているんですよね(サウスケは当時解散していたし違うけれど)。やっぱりそれなりに続けてきたからこその説得力が惹かれる理由だったのかもしれない。

 

その上で「作品」か「関係性」か。

 

 

 

メンバーの関係性より楽曲


バンド2つはこっちかなあって。メンバーの関係がまったく影響しないということではなく,楽曲から好きになったということが大きい。SOPHIAはライブで本格的にはまったし,そこにはMCの面白さも多分に含まれているからあの空間を作っている根底には関係性があるはずだろうし,実際にまあまあ長いMCで仲良いなあって楽しくなったりもしていたからそこも好きな理由ではあるのだけれど。でもやっぱり楽曲なんだよなあって!!関係性が楽曲に投影されるというよりは,彼らがいま表現したいこと,伝えたいことの方が重要でわたしも楽曲に彼らそのものを見ることはない。楽曲が完全に独立しているというか。さすがに今となってはそれぞれの曲に思い入れがありすぎて色々なことに思いを馳せてしまいがちではあるけれど(そもそもあまり聴いていない),それもメンバーの関係性というよりは,バンドとしてのあれこれかなと。あとじぶんの思い出。Beliveとか街とか月光とか。

サウスケに至っては,はまったとき解散してたからね!!もうライブに行くことはないんだと打ちひしがれながらもずっと聴いていたからね!!楽曲を好きになったから!!むしろメンバーの関係なんて後から知ったくらいだし,そもそもあまり当時のことは知らない・・・。とは言いつつ,沖くんが解散当時(大石さんがメンバーに告げたときから)綴っていて後から公開された日記を読んだときはかなり衝撃があった。予備知識ほとんどなくいきなり内側から綴られた,ヒリヒリとしたものを感じてしまったのだから。それでも好きになったのは純粋に「Sound Scheduleの楽曲」でメンバーの関係性は後から徐々にわかったことだったり,それぞれのメンバーについてもライブに行って知ることになったりしたくらいだから,惚れたのは楽曲だった。

 

 

 

メンバーの関係性を楽曲にみる


もう一方がこれ。楽曲が完全に独立しているのではなく,どうしたってそこにグループを構成しているメンバーの実像が浮かび上がってしまう。これがV6。「その関係性を前提として作られるパフォーマンス」=「楽曲」であり「歌って踊る姿」。要はパフォーマンスを通して常にグループの,メンバーの関係性に思いを馳せることがファンとしてのひとつの行動になっている。もちろん楽曲の好みもあるけれど切り離して捉えることは不可能で,その楽曲を歌う彼らに思いを寄せてあれやこれやを(一方的に)感じてしまう。「この歌詞を坂本くんが歌う意味」とか「デビュー20年目に6人が歌うこの歌詞」とか「この部分はカミセンに対するトニセンの想いのように聴こえる」とかとか。

なんでこんなにも本人たちが浮かび上がってきてしまうのだろう,と思うわけだけれど,V6の場合,デビュー20年のタイミングで特にグループとしての在り方とか関係性が込められたような楽曲が続いたからだと思う。「想像すらも越えた世界へ」とか「終わらない夢を僕らは」とか「あの上 もっと もっと上」とか(~此処から~は言わずもがな,次元が違う)。でも思いっきり恋愛の曲でも「この歌詞は健くんにぴったり・・・」とか「このささやくような剛くんの歌声が・・・」ってなるからやっぱり本人たちが全面に出てくる。これはボーカルが6人いるからこそでもあるけれど。そして目に見えるパフォーマンス。踊り。時には歌詞以上に6人の関係性が伝わるものかもしれない。

あとはやっぱり物語性なのだろうな。歌にも踊りにも興味がなかったのにひょんなことから見知らぬ世界に入ってしまい,そのなかで己の技術を磨きながら互いがライバルとなっていった子どもたち(と時には大人)から神*1によって選ばれし者がある日突然,表舞台に召還され,そこからはともに歩いていかなければならない・・・スタートからドラマありすぎ!!そしてそういうドラマの詳細が求められ,提供される世界。でも実はすべてが常に語られているわけではなくて20年近く経ってから明かされることもあるからやっぱりドラマ。なかには神の手による召還でありつつもそこには個人の意志が別々に働いていたらしいということもある。V6の話だよ*2。すごいというかV6らしいというかそりゃメンバーの関係性に思いも馳せたくなるわけですよ!!

 

でもそういうドラマって別にアイドル(J事務所)に限った話ではなくて。そりゃここまでの奇抜な演出はないにしても,人がひとり以上いればもうそこには必ず"ドラマ"はあるわけで。メンバー5人でトラック乗って上京したとか,年下のメンバーが米を積んだとかしばらく同じ場所で住んでいたとか,ね。

じゃあ,なんでこんなにも対峙の仕方が違うのだろうって頭を抱えていたわけだけれど。いや,別に違うなら違うでいいのだけれど,もう少し自分のなかで一般化したいというか上位カテゴリが欲しいというか。で,またつらつらと考えていたりしたときに,ふと,出てしまったわけです。答えが。わかってしまえば「なんだそんな簡単ことだったのか」となるやつ。さっきお風呂につかっているときに答えが出たから,いまこうやって続きを書いている。

 

 

 

楽曲に何を投影するのか


これでした,答え。

  • V6の楽曲にはメンバーの関係性を投影する。
  • SOPHIAの楽曲には自分自身を投影する。
  • Sound Scheduleの楽曲に投影するものは,ない。そこにあるものは見知らぬ第三者が繰り広げるストーリー。

 

ああ,すっきりした。考えてみれば当たり前のことだった。ずっと知っていることだった。言葉に出来ていなかった答えは,メンバーの関係性を楽曲に見ているV6に対する,SOPHIAへの対峙の仕方だった。SOPHIAの答えが出たならば,サウスケは簡単だった。

こうやって考えてみると,SOPHIAサウスケの楽曲は,本人たちから完全に離れてわたしのもとに届く。わたしはそこに自分を見たり,ストーリーを見る。けれども,V6の楽曲は,彼らの手からは離れない。彼らが手にしている楽曲をわたしは覗き込む。楽曲は彼らのもとにある。だから楽曲を聴き,パフォーマンスを観るときにはその作品を「動かしている」彼らの姿が必ず見える。もちろん,ライブにいったらSOPHIAサウスケもメンバーが演奏している姿も目にするわけだけれど,なんだろう,楽曲はわたしからも彼らからもちょうど等しい距離にあるというか。彼らがいったん手放した曲をわたしが受け取り,またそのライブ空間で彼らに向かって投げる,みたいな。うーん,うまく言えないけれどこれはイメージだからこのままでいいや。ちなみにサウスケはその空間で一緒にストーリーを描く感覚。どちらにしても,はじめに書いたように楽曲がアーティストから完全に独立して行き来するもの,ということ。V6の楽曲にはそれがほとんどない(あくまでわたしにとって)。絶対に,メンバーの姿が見える。

 

*     *    *

 

V6の楽曲を聴くとどうしてもメンバーの関係性に思いを馳せてしまうなあってところから始まって,でもそれって他のアーティストにはないことだなと思い当たり,その違いって何なのだろう,何をもってわたしはわたしの好きな人たちを「好きだ」と思っているのだろうってずっと 考えていたのだけれど(夏頃から。間違いなくV6のアニバーサリーあれこれがきっかけ),わかってしまえばとても簡単なことだった。そしてわたしはすでに半分くらい(SOPHIAとV6に関しては)答えを出していた。

 

SOPHIAはわたしに「この世界に生きること」を教えてくれた。V6は「人を信じる」ということ。Sound Scheduleは…きっと,「未来は誰にも予期できない」ということ。 

(アニバーサリーを祝うということ - きらきら)

 

これを考え始めたときになんとなく頭にあったことは,「何が好きか」で好きなものの順位が決まってしまうのかなってことだった。もっといえばメンバーの関係性ありきで楽曲が好きだと言うのは,純粋に楽曲が好きだと言えるアーティストには及ばないということでは・・・??みたいな漠然とした不安というか心細さというか。 そういうことがあったからこそ,自分のなかで明確な答えが欲しかったのかなといま改めて。自分にとってのアーティストの存在ってそれぞれ違うものであっていいのにね。そういえばわたしもすでにちゃんと別の認識していた,ということをいま思い出した*3。その時々で考えていたこととはいえ,何となく,自分のなかでそれらが整理されたような気がするからいまとてもすっきりとした気分*4

 

 

*1:ジャニさん

*2:長野さんとか三宅さんとか。自らの意志で事務所に戻ってきた坂本さんも含めて。三宅さんに至っては他のメンバーの進退を決めたようなものでその相手がまた。

*3:SOPHIA(の楽曲)は時に寄りかかるもの。V6の楽曲にはそうはならなくて,日常に楽しみをプラスしてくれるものだと思っている。

*4:お笑いについては触れないまま終わってしまったけれど,関係性ありきかな,わたしが好きな人たちについては。コンビ間で東西格差が生じたあと全国区でコンビ認識されるようになったきっかけは愛方大好きだったから・・・でもそんなのファンはとっくに知っていたというやつ。