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きらきら

“永久未来続くものなどあるはずはないから これで行くさ僕は僕を壊してく”

SOPHIA TOUR 2013 未来大人宣言 FINAL 日本武道館公演 LIVE DVD

sophia review

 

いつ観ようかとか、そもそも観るのも躊躇していたのだけれど。

観てしまったらもう本当に区切りがつきそうだし、当日はステージ後方の席だったから私が見ていた景色はずっとアリーナ席のファンも含めたもので、映像となると(当たり前だけれど)正面からステージを撮っているのが基本だから、私の記憶にあるライブとはだいぶ違った印象になるだろうなというのもあって、それだったら私が自分で目にした景色をそのまま残しておきたい、という感覚的な葛藤もあったりして。

 

とかなんとか言いながら、受け取ったその週末には全篇観たわけですが!

正直、最初はものすごく冷静に観ていた、というよりただ眺めていたというか。やっぱり正面からメンバーを捉えた映像は私がまったく観ていなかったものだから、いまいち自分が経験したライブという実感が湧かなかったのもあるけれど、だからなのか、演奏中やMC中のメンバーのちょっとした表情がすごく気になったり(あとは後方にいるはずの自分を探してしまったり!映像で見ると思いの外遠くてびっくり、ステージが実際よりも近くにあるように感じていたのがそのまま記憶されていたんですかね)、このときああいうことを考えていたなあとか、この曲の演出(特に正面からの)はこうなってたんだとか、そういうことばかり頭の中にあって、曲にのる、ということはほぼ皆無でした。そしてそんな自分がちょっぴり虚しかったよ!

 

あとしみじみ思ったのが、みんな年取ったなあということ。特にボーカルの人ね!同年代の人に比べれば抜群に若いのだろうけれど、それでもデビュー時、私がファンになった30代になった頃に比べると、年を取ったなと。ファンになった当初、すでに10年目だったから、そのときの私はデビュー時の20代の松岡さんにかなりときめいていたという可愛い過去もあるのですが、今振り返ってみると、30代の松岡さんはやっぱり今よりも若い。他のメンバーも若いけど、そこまで差を感じないのは…どうしてですか。そして松岡さんは時間をとめすぎちゃったよね、なんというか、そろそろ違和感が出てきているというか、文字通りの意味で40代に見えない。要するに年を重ねた渋さ、というものがあまりないなということです。もちろんそれがいいとか悪いとか、それこそ好きとか嫌いとかは私の中ではないのですが、松岡さん自身が選んでいる外見と、年齢によるものとの間の乖離が見えてきているようで、まあ、その理由をひと言で言ってしまえば、ブルーアイなのかもしれないですけどね!アップになればなるほどそっちに気がいってしまう青い瞳…

 

あれ、ライブの話からずれてしまった。

でも武道館にいるときよりも深く受け止めたことがあって。それは唄われていた曲の歌詞。かつて松岡さんはライブで演奏する曲を決めるときに、順番も含めてそこに伝えたいことを込める、意味がある、というような話をしていたけれど、これから活動休止をするバンドが今ここで演奏する、伝える歌詞、として突き刺さってきた歌詞があった。

君よりも僕が先に背を向けて歩きだすよ 君の胸は僕のせいで傷ついているから

 

歩いてく何処までも 時折振り返る道 歩いてくもう一度 君と逢えるまで

                               「旅の途中」

今は振り向かずに涙も流れるまま そうさ君が思うように此処から僕等は別れる

何もかも全て変わってしまうけれど 変わらなきゃいけない僕等は何一つないのさ

君に伝えきれなかった事がたくさんあるけど

それでいいさ伝わらない言葉がまた出逢わせてくれる

                              「エンドロール」

とかね。活動休止だからこの曲を作ったわけではないけれど、この場でこの曲を演奏して伝えたということに、そしてこういうライブだからこそ特にこの歌詞がいつもと違う意味を持って迫ってきたことに、やっぱり辛さが滲み出てきた。

蜘蛛と蝙蝠からは定番とか声を出せる曲が並んでいたけれど、それまではデビューからのシングルを追いかけるように、でも途中で「CIRCUS」と「ALIVE」を挟んだというのが“生きる”ということを出そうとしているようで、そして最後は今ツアーの流れを引き継いだ締め方だった。「happy birthday to you」は今のSOPHIAの「Thank you」だとツアーでも話していたけれど、二曲とも演奏していた。そして(本編の)最後はThank you。どれだけありがとうを言っても言い足りないから、またどうせ作るよ、この五人で、ということを言っていて、武道館で聞いたときもこの言葉がとても印象的だった。そしてやっぱりクロちゃんの言葉が、当日と同じように、もしかしたらクロちゃんの表情を正面から見ながら聞いたことでそれ以上に突き刺さった。また笑顔で話せたらいいな。

 

挨拶後の「White」は、当日は、え、なんで最後にこの曲なの、って思ってしまったのだけれど、今改めて聴いたら、映像を観たらなんかあのときにはなかった感動が押し寄せてきて、それはきっと松岡さんの表情もあったんだろうなとも思う。

時には綺麗事のように聞こえてしまう、文字にするとそう思ってしまう言葉もあるけれど、活動休止のことに限らず松岡さんの中には様々な感情が渦巻いていて、常にそういうものと闘いながら、でもステージでは見せないようにしてきたのだろうなと、今回、歌いながらいつもとは違うような、苦しさとか必死さとか悲しさとか、そもそもひとつの言葉では言い表されないような感情が溢れ出てしまっているような表情を何度も見たことが、活動休止という決断の重さに繋がったような気がする。

今までも歌っているときの松岡さん(特にバラードとか)の表情には迫るものがあったのだけれど、今回はそれとも違った、もっと個人的な想いが滲み出てしまっていたようで。それはたとえば涙、というかたちでも。

オールナイト(私は動画組だったけど)の本当に最後のBeliveで涙を流していた松岡さんに私も号泣してしまったのだけど、武道館でも涙がこぼれていたことを初めて知った。

 

結構、今の私の心境は複雑だったりする。

映像として武道館ライブを観たことで、何か区切りがついてしまったようでもあるし、でも松岡さんの表情やメンバーの言葉を思い出して、痛みを感じることもあるし、そうなると活動休止という事実は急に大きくなって迫ってきて、SOPHIAのあってほしい未来を思うと少し辛くなる、素直に「待ってるよ!」と思えなくなる。一方で、MICHAELとなると、ライブそのものはとても楽しかったし曲も好きだけれど、それをSOPHIAとまっすぐ繋げることは今の私にはできないことで、それよりもそこにいるメンバーが核になってしまう。

SOPHIAとMICHAELというふたつのバンドの存在ではなくて、SOPHIAのメンバーがやっている別のかたちの音楽、という私の中での認識。

要するに同じことなのだけれど、私にとってMICHAELという“バンド”という定義はあまり重要でないというか、それよりもそれを形成しているメンバーがどうか、という捉え方しかできないというか、そしてそれはやっぱりSOPHIAのメンバーだからということになるのかもしれない。

 

次、MICHAELのライブがあったとき、行くかもしれないし行かないかもしれない。SOPHIAについてはただそのまま受け入れる、という気持ちになっている。活動再開の日が(近い将来)来ますように、早く五人のステージを観たい、その空間にいたい、と渇望することは今はない。未来のことなんてわからないから。

このライブが、映像がもしかしたら最後になるかもしれない、という思いもどこかにある。だからといって私にとってSOPHIAの存在が、これまでの存在が無意味になるということは決してなくて、これからどういうかたちになったとしても、その存在は私にとって特別であることには変わらない 。あの日武道館で見た景色も。

 

ここからまた行くよ 行くあてもあるから 何処まで行っても僕はきっと僕さ

多くの出逢いの中で多くの言葉の中で 今心から君にありがとう

使い古しの言葉 ありがとう                   「Thank you」