きらきら

“永久未来続くものなどあるはずはないから これで行くさ僕は僕を壊してく”

待っている

 

活動休止発表があり、その後にすぐ大阪でのライブだった

 

SOPHIAに出会って彼らの音楽が特別なものになってから丸9年

それでも彼らの活動年数の半分、だからいまだに新規だという感覚が抜けないし、だから彼らについて語ることに抵抗を覚える

曲の感想とかライブの感動とか、ではなく“SOPHIA”について、私なんかが何をえらそうに!というのを自分で思ってしまうから

でも今回のことは、誰に対して、とかではなくて、自分の今の気持ちを、感じたことを残しておきたいなと思った

都のときもそうだったけれど、次にSOPHIAが動き始めるとき、走り始めてから、ああ、あのときの私はこんなふうに思っていたんだというのをきっと振り返るときがあると思うから

 

SOPHIAの音楽が私にとって特別であるということは、私が過ごしてきたそばに彼らの音楽があったということで、昔のことを思い出すときにSOPHIAの音楽、ライブが一緒に蘇ってきたりSOPHIAの音楽を聴いてかつての記憶が呼び戻される

そしてそれは単なる経験じゃなくてそのときの自分が映し出される感覚

何をしていて、何に迷って、何に苛立って、そして彼らの音楽に、何を感じていたのか

松岡さんは過去は振り返らない、と言うけれど、私はあの時あの場所で、自分が何を感じて何を考えていたのか、そういうことを後から振り返るのが結構好きだったりする

だから今の私を残しておこうと思う

 

前置きが長くなってしまった

勢いで書いてしまういつもよりも、かなり言葉を選んでるつもり

 

活動休止を知ったのはTwitter

発表から1時間ほど経過していたから私のTLはすでにざわついていて色々な方の想いが溢れていた

最初に“活動休止”の文字を見たときは、本当に“どきっ”とした

それから焦る想いで辿って何が起こっているかを把握した

 

不思議と涙は出なかった

都のときは泣いたなあとか思いながらも、泣くという感情はなかった

 

涙ではなく、吐き気

 

それが私の感覚だった

 

SOPHIA活動休止”

 

この言葉は思っている以上に重かった

どうしても活動休止=解散、よからぬ事という構図がちらついてしまうし、実際そういうバンドってたくさんある

 

みんな冷静だなって思ったのもまた事実

事務所の移籍とかファンクラブ運営会社の変更とか最近のメディア出演とか気付けば私もそのあたりに関しては“やっぱり”と思っていたことに気付いた

それで事情をすべて汲めるとは思わないし、ただのこじつけかもしれなけれど、でもこれからSOPHIAはどうなるんだろうなっていうのは、漠然と思っていたのかもしれない

少しずつ、SOPHIAを取り巻く何かが変わってきているんだろうなという感覚はあった

活動休止が発表されて、ライブをどういうテンションで迎えればいいか正直わからなかった

ツアーは始まっているけれども、私は大阪がツアー初参戦だったし、というか、何でこのタイミングだったのだろう、ホールver.が始まるからなのか、いわゆる“聖地”である旧厚生年金会館ライブを前にしてだったのか

 

それまでに松岡さんからのコメントも発表されていて

結成20周年、デビュー20周年にまた、

作品を抱えて、

五人の姿でステージに立って、

最高のパフォーマンスする為に、

必要な休止と思っています

この言葉に、未来のための休止期間だということはわかっていても、自分がどういうスタンスで過ごせばいいのかわからなかった

 

けど、大阪2日目、SOPHIAが作る空間に立って思ったこと

“そうか、待っていたらいいんだ”

ライブという空間に立って、彼らの音楽を聴いて、メンバーの言葉を聞いて、すとんと腑に落ちたように、納得できた

SOPHIAがこれまでと変わったことは、「ちょっと休むわ」と言えるようになったこと”、そう強くなったことだと松岡さんが言ってたけれど、本当にそうなんだろうなって思った

都のことがあった活動休止期間は、公には活動していなかったけれども水面下では今まで以上に様々な奔走があったんじゃないかと思う

復活に向けて、都自身に向けて

 

必ず戻ってくる、けれども未来のことだから何が起こるかわからない

ファンにとって欲しいものは“絶対の約束”だけで、“もしも”の話なんて聞きたくないのかもしれない、けれどもそれをちゃんと言う、言ってきたのがSOPHIAであり、都のことを待っていたファンも知っていることだと思う

 

永久未来続くものなんてない

 

ライブは拍子抜けするぐらいにいつも通りで(演出やパフォーマンスという意味ではなくて)、MCで話題には出るけれども、それはいつものMCのひとつでしかないというか、すごくすごく楽しいライブだった

むしろあまり気負わずに私が思うように楽しむことができたと思う

やっぱり、文字だけを通して聞くよりも空間で音楽で生の言葉で伝えてもらう、その大きさはあるのかな

 

今、またメンバーのコメントを読んでみた

で、やっぱりクロちゃんのコメントに揺さぶられた

いや、それがクロちゃんなのだけれど

また同じ夢が見れたらいいね。

どきり、とする

クロちゃんのコメントに限らず、やっぱりこうして文字で見るとどうしても冷静になってしまうものなのだろうか

 

雑誌のインタビューで、松岡さんが、自分はずっとフロントマンとしてやってきたから、と言っていた

デビューしてしばらくはそれこそ松岡さんがこっち!と言ったらSOPHIAはその方向に行く、といった意味だったけれど、それで今までやってきたわけではないだろうし、そうじゃないから18年間やってきたのだろうけど

ここにきてやっぱり、今後SOPHIAが進む道を考えなければならないということになったのだろうな、そしてそこにはメンバーそれぞれの想いもあるだろうし

 

違う人間が集まって素晴らしい空間が生まれる

クロちゃんの言葉、すごく頷ける

同じ夢でも、角度が違えばカタチは違うんだよね

きっとそういうことなんだろうね、今のSOPHIAが向き合っていることって

そのカタチ、角度が五人一緒になって、結成20周年、デビュー20周年をステージの上で迎えてほしいなと思う

 

私のツアーはあと神戸と武道館

2年前の武道館ライブに行けなかったから、今回、2年後に同じ場所で迎えるファイナルには行きたいと思ってチケットを取ったけれど、それがまさか活動休止前、最後のライブになるなんて

でもチケットを取ってよかったとすごく思う、待っているよって伝えたい

 

ツアーが終わるまではSOPHIAは活動している

けれどもそれはあくまで“予定”であって、途中で止めざるを得ない状況に陥る可能性だってないとは言えない、私にとってもSOPHIAにとっても

そういうことなんだよね、生きているって

 

SOPHIAの他にも好きなバンド、グループの音楽はある

けれどもSOPHIAは私にとって特別

違う人間が集まっているからずっと同じでいることなんて不可能なことはわかっているし、だからそれぞれが変わりながらも五人でいる場所は変わらないで欲しいなと思う

夢だけじゃどうにもならない現実があるということも、あえて触れておく

メンバーがどういう結論を出して、これからどうなるのかなんてわからないけれど、五人だけがsophiaじゃないのなら、私たちに出来ることは全力で“待っているよ”って伝えることなんだろうな

SOPHIAが活動していなくてもSOPHIAが作ってきた音楽はかたちあるものとして残っている

あの空間を感じることはしばらくなくなるけれど、かたちあるものを手にして耳に出来るというのはすごいことだなと改めて

 

“永久未来続くものなどあるはずはないから これで行こう僕は”